紺碧の夜に

140文字では足りない にじみだすような思い

NHK「天皇 運命の物語」をみて思ったこと・感じたこと

昨年末~今年の3月末まで、NHKドキュメンタリーシリーズで放送された、「天皇 運命の物語」(全4回)を視聴していました(録画)。

いままで天皇陛下および皇室・宮内庁に全くといって興味はなかったのですが、改元も目前となり、さずがに興味が湧いてきたためです。

また、別の理由としては、Twitterでフォローしているちきりん (@InsideCHIKIRIN)さんが皇室ファンと明言されおり、皇室についてのツイートに刺激されたというところです。
 
ちきりんさんのブログ「Chikirinの日記」中を、「皇室」で検索した結果
 
なお、「新元号が何になるのか」ついては特別興味をもっておりませんでした。

わたしたち一般国民の意見などなにも反映されることなく粛々と決まり、我々は決まった元号を粛々と使用していくだけのことだと感じております。(今現在も)


ということで、「天皇 運命の物語」を見て感じたこと、考えたことなどを綴ってみようと思います。

 

※実は3月末に2/3ほど書いていたのですが、全くまとめることができず、アップしていませんでした。ですがどうしても考察の記録として残したく。個人的な備忘録のようなものと思っていただければ…。

 

 

今上陛下は、現人神ではない初めての天皇

恥ずかしながら、この番組を見ることで『今上陛下(平成の天皇陛下)は神ではない初めての天皇である』ということを、初めて意識・実感しました。(即位した時点で、という意味です)
 
もちろん、昭和天皇の時代、国民たちは天皇を現人神として祀りたたえ、「天皇陛下万歳」と言いながら死に向かって突進していったことは知ってはいます。

ただこれは本当に、歴史として知っていたにすぎなかったわけです。

 

今までの天皇の在り方とは違う時代。

 

そんなひとつの時代を手探りで進んでこられたのが、今上陛下なのですね…。

 

象徴とはなにか。
象徴天皇として何を成すべきか、存在意義とは何か。

 

きっと自問自答されていたのだなぁ、と、番組を見ている中でじわじわと理解できてきた感じでした。

 

これが天皇の仕事だと思っていたら、以前はそうではなかったという衝撃

わたしは1981年生まれです。昭和でいうと56年。つまり、8歳の時に平成に移り変わっています。

そんなわたしにとって、天皇といえば今上陛下です。

 

物心がつきTVを意味あるものとして視聴するようになるころには、天皇皇后両陛下は、各地への訪問(単なる旅行とは異なります)をされていましたし、大きな災害があると被災地にも慰問へ行かれていました。

 

故に、そういった各地への訪問や慰問そして国民と会い語るというのは、天皇陛下の公務のひとつだと思っていました。
各地へ赴き、そこにいる人々(つまりは国民)と顔を合わせ話をすること、というのが今までずっと続いてきた公務なのだと。

 

ところが、番組を見て知りました。

こういった、国民をの対話を目的に含めた訪問・慰問での国民一人ひとりとの対話(膝をついて!)は、今上陛下がはじめられたことなのですね…。

 

それを知ったとき、とても驚きました。

 

これはつまり、先述の「象徴天皇として何を成すべきか」を考えられた上での、手探りのひとつだったのだと知りました。

 

わたしからしたら物心ついた時からテレビで見てきた光景だったので、いたって普通のことだと思っていたのですが、おそらく、祖父母世代、つまり、「現人神であった天皇」を知っている人からしたら、思いもよらないことなのだろうなぁと。

 

わたしと戦争を知る世代では、見る目が違うのだろうと、ここまで考えてきてふと思いました。

ほぼ今上陛下しか知らないわたしと、昭和天皇そして戦争を知る祖父母世代では、天皇陛下の行動を見る目が違うに決まっていますよね。

 

すごくすごく意地悪な言い方になりますが、

 

現人神として国民を持ち物のように扱ってきた天皇陛下(および天皇家)は、象徴となった今、どういう行動をするのか、しかと見てやろう
 
そんな気持ちがどこかにあるのではないだろうか。
なぜなら、わたしだったらそうやって見てしまうから。

 

すごく陳腐な言い方になるけれど、例えるならば、「信頼を失くしたものが、どうやって信頼を取り戻していくか」を見届けようとする気持ちになると思う。

 

そして今上陛下は、そんな目で見られることを十分ご理解されたうえで、象徴天皇としての務めを模索しておられたのではないだろうか。

 

そう考えると、即位されてから、いや、皇太子の頃から、まるで針の筵のような日々だったのではないかと思ってしまう。
想像しただけで眩暈がする…。

 

 

生前退位という新たな道

今日で「平成」が終わります。

 

今上陛下は「象徴天皇」として新たな試みを数多く行われてきたということがこの番組でわかりましたが、最後の最後に作られた「生前退位」という新たな道は、後世(の天皇陛下)へのプレゼントなのではないかと感じます。

そしてより、「天皇が同じ人間である」ことを感じさせてくれる出来事でもあります。

2016年(平成28年)8月8日15時の「お言葉」を受け、わたしが個人的に感じただけですが)

 

「生前退位」というひとつの道は、今後の天皇陛下にとってひとつの救い・目安となっていくのではないかと感じます。

 

ところで昨日なじみの酒屋に行ったところ、改元のお祝いムードが相まっていつもより単価の高い日本酒がガンガン売れているという話を、店主としていました。

話している中でその店主(おそらく50代前半)は「元号が変わるなんて、(お酒を購入していった30代後半~50代の年代にとって)この先生きている中ではないからねぇ」といいました。

 

わたしの個人的な考えではむしろ、崩御による代替わりよりも、譲位(生前退位)による代替わりが主流になっていくと思っているので、とても違和感がありました。

 

なぜなら、即位される皇太子徳仁親王さまは現在59歳。

今上陛下が85歳で生前退位されることを考えると、同じ年齢あたりで生前退位をご希望されてもなんらおかしくないのですから、わたしたちが生きている間にもう一度改元があっても全く驚くことではない気がします。

 

※とはいえ、継承権のある秋篠宮さま、悠仁さまのご年齢を考慮すると、崩御されるまで在位される可能性も高いかな、とも思いますが。

 

さいごに

書いていてなんかよくわからなくなってしまいましたが、平成が終わってしまう前に、いまいちど「天皇」「天皇家」というものについて考察させてくれた、NHKの番組に感謝です。

 

本当は皇后美智子さまの回を見てさらに思うことなどあったのですが、どうも文章にするのが難しいので触れることを断念しました。(気が向いたら書きます。)

 

余談ですが、わが家はNHKよく見てます。
政治に関する報道は偏りがありそうな気がして真に受けない様にしていますが、各種番組は楽しく見ております。

 

 

「天皇 運命の物語」リンク

では最後に、視聴した「天皇 運命の物語」のリンクを貼っておきます。

 

第1話「敗戦国の皇太子」

www.nhk.or.jp

2018年12月23日(日)

昭和から平成へ-。「天皇 運命の物語」は、天皇陛下が皇后さまと共に歩まれた激動の歳月を、NHKの秘蔵映像、発掘資料、側近や学友の証言などを通じて、4回シリーズで放送します。第1回は「敗戦国の皇太子」。昭和8年に生まれ「戦争しか知らない」少年として育った天皇陛下が、学友との交流や恩師との出会い、19歳の時のイギリスへの訪問などを通じて、「未来の天皇」に向けて成長していく姿を描いていきます。

 

第2話「いつもふたりで」

www.nhk.or.jp

2018年12月24日(月)

日本中が沸いた「世紀のご成婚」。その裏には、みずから人生を切り開こうとする皇太子の強い決意があった。3000本以上の皇室映像に記録された肉声から浮かびあがる皇太子夫妻の素顔とは。貴重な証言や資料からひも解く一代記。

 

 

第3話「象徴 果てなき道」

www.nhk.or.jp

2019年3月23日(土)

シリーズで放送する「天皇 運命の物語」。第3話は、天皇陛下が即位されてからの歳月を、秘蔵映像と側近などの証言で描く。歴代天皇として初となる中国訪問にかけた思いとは?被災地訪問や“慰霊の旅”の舞台裏で何が?そして日本中が驚いた“生前退位”。前例のない決断の背景に、どのようなやりとりがあったのか?即位されて以来、一貫して「象徴としてのあり方」を模索してきた天皇陛下。その知られざる苦闘の旅を描く。

 

第4話「皇后 美智子さま」

www.nhk.or.jp

2019年3月30日(土)

シリーズで放送する「天皇 運命の物語」。最終話は皇后、美智子さまの人生をNHKの徹底取材と秘蔵映像でひもとく一代記。民間からはじめて皇室に入られた美智子さま。前例のない子育てや流行を生んだファッションといった華やかさの一方、数々の試練や悲しみに苦悩される姿があった。幼少期から、皇太子妃となられた昭和、そして平成に至るまでの人生を、側近やご友人たちの証言、思いを込めた和歌を通して明らかにする。